遡及入力計画の実際

平成19(2007)年10月25日(木) 10:15-11:00

 

遡及入力計画の実際

 

林 哲也 
一橋大学 学術・図書部 学術情報課主査(遡及情報主担当) 
sokyuu @ ad.hit-u.ac.jp

NACSIS-CAT/ILLワークショップ (国立情報学研究所 教育研修事業) 2日目より 

平成19年度のテーマ (2)「目録業務のマネージメント」

「近年、目録業務における外注、システム化の比率が高まり、図書館職員のマネージメント力が問われている。業務担当者に対する機関内教育体制の整備、目録スキル継承の方策、また目録業務システムのあり方やマネージメントに必要なコンピテンシー等について検討する。」

「遡及入力計画の実際」

「遡及入力を遂行するにあたって、組織体制作りや計画をどのように行っているのか、またその過程において見えてきた問題点、改善したことなどを、経験をもとに講義する。」

一橋大学附属図書館では、2007年7月1日付けで「遡及情報主担当」を新設、遡及入力の100%実現を目指しています (cf. 広報誌『BELLNo.20 (2007.7.2))。

現在の人員は、主査1名と非常勤職員3名(週30時間2名+週21時間1名)です。現物に基づく遡及入力をおこなっており、貸出中や所在不明の資料は入力を後回しにしています。全件を NACSIS-CAT に登録し、ローカルのみの書誌は原則として作成しません。複本の所蔵情報は、ローカルには登録しますが、NACSIS-CATの所蔵レコードには反映させていません(代表で1冊だけ登録し、2冊め以降は登録しない)。破損資料がみつかったときは、メインカウンター(利用者サービス主担当)に引き渡し、修理方法の判断(館内作業で補修するのか、外注で再製本するのか)も含めて処理を委ねています。

OPACで検索できる資料の範囲は蔵書の全てではないこと、1991年以前の図書はカード目録も必ず確認する必要があることは、資料の探し方として日頃から案内し、文献の探し方・ポータルページ・リンク集の「所蔵調査と文献の入手」にも解説を掲載してはいますが、利用者のみなさんにどれほど理解されているか、はなはだこころもとないところです。コンピュータで検索してヒットしなければ、もうそれ以上探そうとしないかたが少なからずいらっしゃるのではないかと懸念されます。実を言えば、オンライン目録の基本的な使い方ですら、あまり良く理解されていないらしいことは、たとえば検索結果の画面から請求記号のかわりにバーコードのID番号をメモして館内を探し歩いている利用者のかたにしばしば遭遇することからも推察されます。せっかく入力した目録を有効に活用していただくためにも利用者へのガイダンスで情報リテラシーをどのように普及していくか、今後の改善課題といえます。

さて、一橋大学附属図書館の業務電算化は平成2(1990)年度末、1991年2月からですが、それ以前に受入れた図書については、平成4(1992)年度から遡及入力を開始しています。三枝辰男「目録データ入力状況報告」『鐘 : 一橋大学附属図書館報』26, p.7 (1993.10)には、

「図書館委員会,百年記念募金委員会等の御理解を得て,財政的援助もいただき,平成4年度から当面4か年計画の下に毎年35,000冊程度を目標に遡及入力を実施しています。その件数は8月末現在で72,000件に達し,これには3年度以前の入力済み図書も含まれていますが,ほぼ目標どおりに進行しているといえるでしょう。」 
「そのほか,本学の特色あるコレクション類については,科学研究費の社会科学書誌情報データベース作成経費の補助を受けて遡及入力を行っています。これには,メンガー文庫,大塚文庫,外池文庫,明治文庫等が含まれています。とりわけメンガー文庫の目録作成作業は,同文庫のマイクロフィルム化作業が今年度から実施されたことに伴い注目を集めております。」

とあります。特色あるコレクション類として科学研究費に応募して採択の期待できる資料群を選択し、理由付けすることには限界がありますが、残った一般図書も遡及入力しなければなりません。 国立情報学研究所さまの平成19年度遡及入力事業には、事業A 「大規模遡及入力支援」のほか、事業C「多言語・レアコレクション」として韓国・朝鮮語資料も、

「機関/組織全体としては、遡及入力対象冊数は膨大で、入力完了までには長期間を要することが予想されるが、本申請の対象である韓国・朝鮮語図書は、平成18年度も本事業にご採択いただき、全件入力の実現へ向けて進捗しつつある。 
組織(一橋大学 附属図書館)の韓国・朝鮮語資料の蔵書数(概数)は約11,000冊で、うち、約5,000冊が遡及入力対象であるが、平成19年度の本申請では、そのうち、約2,300冊を対象に申請する。」

として応募しましたが、事業A・Cのいずれも、残念ながら採択されませんでした。

 

本日の講義「遡及入力計画の実際」の内容について、教育研修事業担当さまからは、

「貴図書館で遡及入力事業を手がけられるにあたって、どのように体制作りと計画作りを行い、遂行されているのか、またその過程において見えてきた問題点や改善点について、現場に携わられているご経験からお話いただきたいと思います。」

というご依頼をいただきましたが、一橋大学附属図書館では、今年度現在は外部資金も獲得できておらず、委託業者への発注もおこなっていません。以前の年度には、業者のかたに通勤していただき、館内に作業場所と機器を提供して遡及入力を実施したこともありましたが、外注の実務に直接には全く携わったことのない私がここで一橋大学の事例を中途半端にお話しするよりも、総合目録データベース実務研修を受講された各大学のかたがたによる過去のレポート/報告をお読みいただいたほうが、具体的な説明や各種の提言もあり、はるかに有益ではないかと思います。

 

  • 平成18年度
    • 大綱浩一, 菅野朋子, 竹下啓行, 渡邊伸彦「総合目録データベースの品質向上に向けて : 今、図書目録作成現場でできること」 (発表用( pdf(392.95 KB) ) | レポート( pdf(108.72 KB) ) | 添付資料( pdf(42.02 KB) ))
  • 平成17年度
    • 伊藤朋子, 上田公一, 三輪忠義, 森由香「多言語入力の歩き方」(発表用( pdf(383.07 KB) ) | レポート( pdf(22.51 KB) ) | 添付資料1( pdf(27.06 KB) ), 2( pdf(22.54 KB) ))
  • 平成16年度
    • 江川和子, 澤田さとみ「効果的なアウトソーシング : 遡及入力計画にあたって」(発表用( pdf(48.05 KB) ) | レポート( pdf(22.51 KB) ) | 添付資料1( pdf(27.06 KB) ), 2( pdf(22.54 KB) ))
  • 平成15年度
    • 大川直子, 小野亘, 豊満朝子「多言語目録担当者のためのポータルサイト : 韓国・朝鮮語資料を例として」(発表用( pdf(370.75 KB) ) | レポート( pdf(381.77 KB) ))
  • 平成14年度
    • 鳥場世浩, 井上佳代, 大和加寿子「韓国・朝鮮語資料を登録してみよう」(PowerPoint | pdf | MSWord)
    • 小山憲司, 秋月滋, 豊田裕昭「新刊図書整理業務の外注化プラン」(MSWord | PowerPoint)
  • 平成11年度
    • 伊藤ますみ(北海道大学)「初心者への図書目録作成の補助ツール紹介」( pdf(39.67 KB) )
    • 気谷陽子(筑波大学)「和古書及び漢籍の目録上の特殊事情 : 整理マニュアル及び冊子体目録の凡例の比較から」( pdf(56.35 KB) )
    • 溜渕文子(静岡大学)「遡及入力におけるCATP-Autoの利用について」( pdf(27.35 KB) )
  • 平成10年度
    • 岡田英治(広島大学)「CATP-Autoを利用した遡及入力の在り方」( pdf(28.24 KB) )
    • 鈴木雅子(大阪大学)「遡及入力作業におけるCATP-Autoの有効性と問題点」( pdf(54.69 KB) )
    • 田畑由美子(岩手大学)「目録登録の現状と問題について : 遡及入力から」( pdf(15.82 KB) )
    • 徳永智子(筑波大学)「和装古書のNACSIS-CATへの登録における問題点」( pdf(84.33 KB) )
  • 平成9年度
    • 伊波ひとみ(熊本大学)「カード目録による遡及入力の試み」
    • 内ヶ崎洋一(東北大学)「目録の自動登録について(付:雑考)」
    • 片桐和子(北海道大学)「遡及入力 : 目録所在情報の電子化」
    • 川合広子(東京大学)「遡及入力事業への課題 : 入力要員指導のために」

また、

および、以下のような文献も参考になります。

 

  • 特集「遡及入力と資料提供」『現代の図書館』29(2), p.67-115 (1991.6) 
    Special issue: Retrospective conversion and resource availability
    • 中西裕「早稲田大学図書館における和書遡及入力 (特集 遡及入力と資料提供)」『現代の図書館』29(2), p.67-72 (1991.6)
    • 矢野光雄, 中野美智子「図書館資料のメディア変換と情報提供サービス : 岡山大学池田家文庫マイクロ化の場合 (特集 遡及入力と資料提供)」『現代の図書館』29(2), p.73-80 (1991.6)
    • 増井ゆう子「古典籍総合目録データベースの形成 (特集 遡及入力と資料提供)」『現代の図書館』29(2), p.81-90 (1991.6)
    • 木俵康之「「遡及」における作業手順上の諸問題 (特集 遡及入力と資料提供)」『現代の図書館』29(2), p.91-98 (1991.6)
    • 英国図書館ISTC編集室(著), 雪嶋宏一(訳)「データベースISTCについて (特集 遡及入力と資料提供)」『現代の図書館』29(2), p.99-104 (1991.6)
    • 永田治樹「西洋古刊本に関する総合目録データベースの形成 (特集 遡及入力と資料提供)」『現代の図書館』29(2), p.105-115 (1991.6)
  • 特集「図書館目録の遡及変換」『情報の科学と技術』42(3), p.197-250 (1992.3) 
    Special feature: Retrospective conversion of card catalogs
  • 潮田万弓「データ遡及入力の外部委託 : 北里大学教養図書館の事例」『北里大学一般教育紀要』10, p.129-140 (2005)
  • 甲斐重武「熊本大学におけるカード目録による遡及入力」『九州地区大学図書館協議会誌』第39号 (1996)
  • 杉本昌彦「上智大学図書館におけるNACSIS-CATの利用とオンライン遡及入力 : 和書遡及入力を中心として」『大学図書館研究』38, p.80-90 (1991.10)
  • 竹内比呂也, 石井保廣, 谷澤滋生「オンラインアップロード機能を用いた目録情報遡及入力 : 東京大学附属図書館における試行」『大学図書館研究』36, p.28-36 (1990.7)
  • 逵昭次, 吉竹忍, 川端美明「北大図書館における図書データ大量遡及入力の試み : 学情センターファイルを利用しての目録カードによるオンライン入力」『大学図書館研究』34, p.49-61 (1989.6)
  • 中村義人「遡及入力の現状と今後の計画」『ふみくら: 早稲田大学図書館報』No.25, p.3 (1990.10.15)
  • 増田元, 高橋努, 米澤誠, 村田輝「遡及入力における目録自動登録システムの有効性」『大学図書館研究』55, p.38-53 (1999.3)
  • 南俊朗「図書目録カード検索システムの開発と可能性 : 図書館情報のバランスのとれた電子化を目指して」『Academic resource guideNo.116(2001.11.27)
  • 南俊朗, 栗田英和, 有川節夫「イメージによる図書目録カード検索システム : 遡及入力問題の一解決法」『情報処理学会研究報告』2000(91), p.63-71 (2000.9.27)
  • 南俊朗, 栗田英和, 有川節夫「イメージによる図書目録カード検索システム : 遡及入力問題の一解決法」『ディジタル図書館』No.18, p.27-35 (2000.9) 「ディジタル図書館」ワークショップ 第18回 (図書館情報大学. 2000年9月27日) 発表論文
  • 六本佳平(編著)『米国の大学図書館等視察報告書 : 図書館の電子化を中心に』東京 : 東京大学附属図書館, 1998.8
  • 書誌情報データベース(OPAC) (シリーズ・電子図書館の現状 (1))」『つくばね : 筑波大学図書館報』27(1), p.12-13 (2001.6)
  • 第3期遡及入力事業5ヵ年計画の目標達成! 継続して第4期遡及入力事業5ヵ年計画が開始されました」『楡蔭』(北海道大学附属図書館報) 110号 (2001.7)
  • 国立大学図書館協会 図書館情報システム特別委員会目録業務システム専門委員会最終報告(平成8年7月), 3.改善すべき事項について
  • 学術審議会『大学図書館における電子図書館的機能の充実・強化について(建議)』学術審議会, 1996.7
    「3. 電子図書館的機能の整備の方策 
       (1)資料の電子化の推進
    1)目録情報の遡及入力の促進
       現在,全国の大学図書館には約2億冊の図書が所蔵されているが,このうち目録所在情報が学術情報センターのデータベースに集積されているのは約1割程度である。目録所在情報は,所蔵資料の電子化のための基礎となるものであり,したがって,目録所在情報の遡及入力はさらに促進されるべきである。」
  • 甲斐重武, 森下和博「ネットワーク型遡及入力 : わが国固有の電子図書館テーマの解決策」. 日本図書館情報学会研究委員会(編)『電子図書館 : デジタル情報の流通と図書館の未来』勉誠出版, 2001.11.10 (シリーズ・図書館情報学のフロンティア ; No.1), p.175-196
    「   電子図書館と遡及入力、時間軸の対極に位置する二つのテーマを追求したのが1990年代後半のわが国の大学図書館界であった。1996年の学術審議会建議のなかで、大学図書館が電子図書館的機能を実現するための具体的方策の一番目に掲げられたのが目録所在情報の遡及入力であった。米国の主要な大学図書館では、電子図書館化以前の機械化時代に遡及変換と称してほぼ終了していたのに対して、機械化と書誌ユーティリティ利用に遅れをとったわが国の大学図書館では、遡及入力は電子図書館化という新たな潮流のなかで解決策が求められることになった。 
       本稿では、わが国の大学図書館における遡及入力の歴史を書誌ユーティリティ NACSIS-CAT の成長と照らし合わせて回顧し、電子図書館時代における新たな解決策の一例として熊本大学のネットワーク型遡及入力を紹介する。」(p.175)
    「伊藤 [伊藤裕三「電子化とスペース管理」. 六本佳平(編著)『米国の大学図書館等視察報告書 : 図書館の電子化を中心に』東京 : 東京大学附属図書館, 1998.8, p.29-35] は、米国の大学図書館における遡及変換と比較して、「retrospective conversion はすでにある目録の電子化であること、したがって電子化に当って新たに完全な目録を取り直そうとしているのではないことである。なぜ、日本では膨大な時間がかかり、米国では大規模な大学図書館の遡及変換が4~5年で終わってしまうのか、その理由の一つがこのあたりにあるのではないかと思われる。」として、一方で目録カードの精度の差や書誌ユーティリティ組織のありかたの違いもあって、「品質においてミスをしてはならないために、いきおい現物主義とならざるをえない」日本の状況を述べている。」(p.178-179)
  • 特集「図書館目録の遡及変換」の編集にあたって (特集 図書館目録の遡及変換)」『情報の科学と技術』42(3), p.197 (1992.3)
       「目録は最大限に分割されていること。すなわち,細心の注意を払って,単行本と雑誌,内容別,さらに新規購入図書と旧蔵図書の目録を分けてしまわなければならない。可能な限り,これら二つの目録(新規購入と旧蔵)の字体は変えること。……」

    ウンベルト・エーコ「図書館について」*


    この文章は『薔薇の名前』の作者にして世界的な記号論学者でもあるエーコが挙げた「悪い図書館の十九条」の最初に位置するものです。」

この続きを『みすず』誌上で読んでみると、以下のようになっていました:

「たとえば、レトリックという単語は、新しいものは t 一つ、古いものは t 二つ、チャイコフスキーなどは、最近買ったものでは Ch 、昔のものではフランス風に Tsch で始まるという具合に。」 
(ウンベルト・エーコ(鈴木国男訳)「図書館について」1. 『みすず』358, p.88-94 (1991.1) より p.92)

なんだか変だと感じませんか? あるひとつの単語の綴りで t を一つ書くか二つ書くかの違い、外国人名をCh/Tschのどちらで表記するかが、「字体」を変えること? 原文はどうなっているのでしょうか? ウンベルト・エーコ(鈴木国男訳)「図書館について」2. 『みすず』359, p.2-9 (1991.2)の末尾には、

「一九八一年三月十日に行なわれた、ソルマーニ宮を本部とするミラーノ市立図書館の二十五周年記念講演会の記録。一九八一年六月、ソルマーニ双書の一冊として刊行。一 九八三年、ボンピアーニ社刊『欲望の七年』に収録。今回の翻訳はボンピアーニ社版に拠った。」

と記載されているので、NACSIS Webcatで著者名「eco」、出版年「1983」で検索すると、Sette anni di desiderio. Milano : Bompiani, 1983 が該当図書らしいことがわかります。所蔵図書館には、本日の受講者のみなさまの所属機関は見当たらないようです。一橋大学附属図書館にも所蔵なしです。そこで、Google で「"Sette anni di desiderio" Tsch」を検索すると、pdfファイルがありました。また、「"De bibliotheca" eco」から検索すると、同じサイト内にテクスト版もみつかりました。

 

Eco, Umberto(1981). "De bibliotheca". Sette anni di desiderio. Milano : Bompiani, 1983 所収 (htm | pdf)

Di fronte a questa pluralità di fini di una biblioteca mi permetto adesso di elaborare un modello negativo, in 21 punti di cattiva biblioteca. ... 
A) I cataloghi devono essere divisi al massimo: deve essere posta molta cura nel dividere il catalogo dei libri da quello delle riviste, e questi da quello per soggetti, nonché i libri di acquisizione recente dai libri di acquisizione più antica. Possibilmente l'ortografia, nei due cataloghi (acquisizioni recenti ed antiche) deve essere diversa; per esempio nelle acquisizioni recenti retorica va con un t, in quella antica con due t; Chajkovskij nelle acquisizioni recenti col Ch, mentre nelle acquisizioni antiche alla francese, col Tsch.

「悪い図書館の十九条」のはずが、原文には「in 21 punti di cattiva biblioteca」と書かれています。19か条なのか21か条なのか、数が合いません。pdf のほうでは、AからTまでと、付け足しのZ。ところが、良く見ると、Iの次がLになっていて、なぜかJとKが抜けています。A-I,L-T,Zで19か条。もしKとLが抜けていなかったらば「21 punti」。それはともあれ、Aの条項の原語 ortografia は「字体」ではなく「正書法」ですね。この単語は、ヨーロッパの諸言語で相互に類似した語形なので、イタリア語を学習したことが全然なくとも意味の見当がつくでしょう。

つまり、イタリア語の読解能力のある(はずの)人でも、つまらないミスをしてしまう場合があるということ、そして、反面、イタリア語をろくに知らなくとも「なんだか変だ」と感じ、間違いの見当をつけることは可能、ということです。同様に、目録作成業務でも、当該言語の読解能力のある(はずの)人材が作業した場合でも、うっかりミスは常に起こりえます。反面、外国語を読み書き話す運用能力をさほど持ち合わせていなくとも、誤りを発見して訂正するくらいは可能な場合が少なからずあります。ただし、さまざまな外国語について、初歩的なレベルで広く浅く知識を得ておくことは有用です。

  • 林哲也「技術的知識としての実用語学 : 翻字とタイ語早見表を例として」『大学図書館研究』44, p.40-49 (1994)
    「2.2.2 目録作成に必要な「語学力」のレベル 
      通常の洋書目録作成業務をこなすには,個々の言語の運用能力に習熟している必要はないと思う。もちろん,習熟していないよりはしていた方が作業能率その他の面で望ましい。とはいえ,両者の作成する目録の品質に顕著な差異が本当に現れる事例は,むしろ稀ではなかろうか。特に,近年のように,NACSIS(NAtional Center for Science Information Systems: 学術情報センター)の総合目録データベースの充実により,既存の書誌レコードをそのまま,あるいは若干の加工を施して流用するだけで処理できる資料の割合が増えてくると,旧来の意味での語学力(運用能力)の必要性は,ますます低下しつつある。」(p.42)

上記の記事は、タイ語の入門書を何冊か拾い読みして書いただけなので、私自身、タイ語の文章が読めるわけでは全くありません。先日たまたま少しだけ必要があって辞書を使おうとしたら、引き方もすっかり忘れてしまっていましたが、過去に自分で書いた手順に従ってやってみると、求める見出し語にはなんとか一応たどり着けました。ただし、たとえば、近所のスーパーで買ってきたトムヤンクンラーメンの包装を読もうとしても、入門書や辞書に載っている文字とは別の書体の部分は全く読めませんでした。タイ語書体見本をご覧いただけば、見た目がずいぶん違うことがおわかりいただけるでしょうか。普通の入門書で学習しただけでは、デザイン化された文字はまるきりわかりません。図書の標題紙でも、文字はしばしばデザイン化されています。ローマ字ゴチック体の場合と同様に、世界のさまざまな文字について、各種の書体を集めて対照した一覧表がどこかにあると助かるのですが。

NACSIS-CATにはサポートのページもあり、各種のマニュアルやツールをご提供いただいて大変お世話になっております。できれば、目録規則、分類表、件名標目表などもオンラインでご提供いただきたいところです。また、

  • Notes for catalogers : a sourcebook for use with AACR 2 / by Florence A. Salinger and Eileen Zagon. -- White Plains, N.Y. : Knowledge Industry Publications, c1985 (Professional librarian series) 
    Notes for catalogers : a sourcebook for use with AACR2 / Florence A. Salinger and Eileen Zagon. -- Boston, Mass. : G.K. Hall, c1985
  • LC and AACR2 : an album of cataloging examples arranged by rule number / Alan M. Greenberg, Carole R. McIver. -- Metuchen, N.J. : Scarecrow Press, 1984
  • Sample cataloging forms : illustrations of solutions to problems in de scriptive cataloging / by Robert B. Slocum and Lois Hacker. -- 2nd rev. ed., with a section on comparison of the Anglo-American cataloging rules and the A.L.A. cataloging rules. -- Metuchen, N.J. : Scarecrow Press, 1968

のような、注記の書き方のお手本も、もしウェブ上で見られるようになったならば便利でしょう。

 

書誌レコードの品質を維持するためには、誤りやすい例を集めて解説したものの作成をNIIさまに期待したいと思います。また、「間違えないようにマニュアルを良く読んで気を付けましょう」というような精神論では限界があります。そもそも間違ったかたちで登録したくとも登録できないよう、システムの側が機械的に判断して受け付けを拒絶し(ただし、度が過ぎると神林長平のSF小説『言壺』に登場する「ワーカム」の文書作成支援機能のようになってしまうので注意)、適切なエラーメッセージを返す仕掛けを工夫していただきたいところです。既に部分的には(入力必須項目の未入力の際など)実現しているようではありますが、いわゆる馬鹿よけ、ポカヨケ、フールプルーフ、信頼性設計フェイルセーフです。

  • 神林長平『言壺』東京 : 中央公論社, 1994.11 
    神林長平『言壺』東京 : 中央公論新社, 2000.2.25 (中公文庫 ; か-59-1)
    「〈それではこの文章は意味をなさない〉とワーカムが言う。 
    「おまえは役人か」 
    〈わたしはワーカム・モデル9000に搭載された文書作成支援機能である〉」(中公文庫, p.9) 

    「ワーカムはワークステーションであり、テレビでもありラジオでもあり、電送新聞でもあり、雑誌でもあり、外界に通じる窓のようなものだ。どんな情報ネットワークにもアクセスできる。回線から独立させてワープロとしても使える。」(中公文庫, p.13)
  • 安野光雅「夜間金庫 (起承転結, 15)」『ユリイカ』14(3), p.34-41 (1982.3) 
    安野光雅「夜間金庫」. 安野光雅『起笑転結』東京 : 青土社, 1983.1.5, p.143-152 
    安野光雅「夜間金庫」. 安野光雅『起笑転結』東京 : 文藝春秋, 1988.4.10 (文春文庫), p.155-165
    「「さかしい」上にもさかしく、裏をかくほどの天才のみならず、使用方法を誤る「フール」な者もいることを考えて置く必要があります。このような装置を、フールプルーフと申します。安全装置とか、非常ベルなどという生やさしいものではなく、そもそも間違った使い方はできないというほどの設計をいうのです。有名なのは、水中の潜水艦から表に出るときの扉ですが、これは、内扉と、外扉の二重の扉になっております。万一、この二つを同時に開けると、その潜水艦は一ぺんに沈んでしまいます。したがいまして、内扉を閉じなければ外扉が開かず、外扉を閉じなければ内扉が絶対に開かないという機械的な構造を持たせてあるわけでございます。こうして置きますと、どんな天才や「フール」な者がいても安全です。」 (『ユリイカ』14(3), p.37)

雑誌『ユリイカ』の誌上でこの記事を読み、この連載が図書のかたちで発行されていないかと、NACSIS Webcatで連載標題「起承転結」を入力して検索してみましたが、それらしい図書はヒットしませんでした。けれども、安野光雅さんの著作リストを別途見てみると、該当図書が確かに実在するようでした。そこで、あらためて書名を良く見直してみて、「起承転結」の「ショウ」の字が、「うけたまわる」の代わりに「わらう」の「ショウ」の字で表記されていたことに初めて気付きました。NACSIS の書誌には、雑誌連載時の標題「起承転結」までは、別タイトルとして入っていませんでした。所蔵調査と文献の入手のページでは、以下のように案内しています:

  • 改訂版や翻訳書は、書名が変わることも多いので、著者名(原綴)や原書名で検索でき、書誌的来歴も注記されている、学術図書館系の目録(NACSIS Webcat等)で調査する
  • 書店・流通業者系の目録は、漢字による(現物に表記されたとおりの)検索を得意とし、原書名や著者名原綴では検索できない場合が多い
  • 学術図書館系の目録でも、 新版で書名が変わった図書を旧版の書名から直接には検索できない場合が多いので、著者名から検索して注記を見て判断する
    例)
    西江雅之『ヒトかサルかと問われても : “歩く文化人類学者"半生記』読売新聞社, 1998 
       → [改題]: 『わたしは猫になりたかった : “裸足の文化人類学者"半生記』新潮社, 2002 (新潮OH!文庫)
    田中克彦『法廷にたつ言語 : 田中克彦エッセイ集』恒文社, 1983 
       → [再編集、改題]: 『ことばの自由をもとめて』 福武書店, 1992 (福武文庫) 
          → [再々編集、再改題]: 『法廷にたつ言語』岩波書店, 2002 (岩波現代文庫 ; 社会 ; 68)

翻訳の原書名、論文集や短編小説集の個々の内容著作でも検索できることが望ましく、貴重資料は詳細な注記が必要な場合があります。反面、過度に手間暇を費やしても、利用者はそれほど詳しい情報を図書館の目録にもともと期待していない、あるいは、使いこなせないかもしれません。目録自体の内部では、識別同定に必要十分な簡潔な記述で済ませ、詳細は外部データベースに委ねるという考え方もありうるかと思います。アルゼンチンの作家ボルヘスが寓話「学問の厳密さについて」Del rigor en la ciencia で描写した帝国の地図は、目録に似ているような気がします。

Borges, Jorge Luis(1954). "Del rigor en la ciencia"

...En aquel Imperio, el Arte de la Cartografía logró tal Perfección que el Mapa de una sola Provincia ocupaba toda una Ciudad, y el Mapa del Imperio, toda una Provincia. Con el tiempo, estos Mapas Desmesurados no satisficieron y los Colegios de Cartógrafos levantaron un Mapa del Imperio, que tenía el Tamaño del Imperio y coincidía puntualmente con él. Menos Adictas al Estudio de la Cartografía, las Generaciones Siguientes entendieron que ese dilatado Mapa era Inútil y no sin Impiedad lo entregaron a las Inclemencias del Sol y los Inviernos. En los Desiertos del Oeste perduran despedazadas Ruinas del Mapa, habitadas por Animales y por Mendigos; en todo el País no hay otra reliquia de las Disciplinas Geográficas.

Suárez Miranda: Viajes de varones prudentes 
Libro Cuarto, cap. XLV, Lérida, 1658

...あの帝国では、地図作成学の技術が極度の完璧性を達成したので或るひとつの州の地図だけでひとつの都市まるごとを占め、そして帝国の地図は、ひとつの州まるごとを占めた。時と共に、このような度はずれた大きさの地図でさえ満足ではなくなって地図学者たちの諸学院は帝国の地図をひとつ作り上げたが、それは帝国そのものの大きさを持ち精確に帝国に一致していた。地図作成学の研究に対して熱中が減少して、後に続く世代はその広大な地図は無用のものと理解して無慈悲にもそれを太陽と冬との厳しさに委ねた。西の砂漠地帯にはその地図のこまぎれになった残骸がなおも残っているが、それらは動物たちと乞食たちによって住みかにされており、国全体の中に地理学研究の遺物は他にはない。

スアレス・ミランダ『思慮深い男たちの旅』
第4巻第45章、レリダ、1658年