図書館サービスのあり方(パワーポイントの各画面の解説)

図書館情報大学 永田治樹
図書館はサービス機関です。したがって、図書館の皆さんがサービスについて話し合う場で、キーワードは「利用者」でしょう。以前に比べて、昨今では図書館の利用者へのまなざしがずっと暖かくなったと思います。図書館の立場からみれば、図書館員は利用者の便宜を図るためにできるだけの努力を図っていると考えられます。しかし、利用者側では図書館サービスに必ずしも満足しているとはいえないのです。
今日の話のねらいは、大学図書館におけるサービス戦略の設定です。平たく言えば、図書館は利用者へのまなざしを一体どのように投げかけたらいいのかであり、そのためのいくつかのヒントをあげてみました。

1.しのびよる図書館員の悪夢

これはわれわれ図書館に関わる者が一度は思い浮かべたことのある「悪夢」です。実際、われわれの周りにはこのような兆候がいくつも見られます。ひょっとして正夢になるのではと思ってしまいます。
米国でいえば、1960・70年代の比較的幸運な時代が去ったあと、大学図書館の予算は回復されないまま、情報技術の進展によってこのような状況が出現しているわけです。図書館の基盤(裁量の余地の少ない予算、そして質量ともに乏しいいスタッフ)の弱いわが国の場合は、状況はもっと深刻でしょう。
新しい競争相手は、Amazon.comのようなインターネット書店や各種のドキュメント・デリバリー・サービス、あるいは各種のディジタル情報サービスのプロバイダーです。世界のどこにいても、ネットワークに接続していれば、個別の利用要求を容れ、ジャスト・イン・タイムの、付加価値の高いサービス届けてくれるものです。図書館サービスはこうした新規参入者と競い合わねばならないのです。

2.図書館サービスの対象者

大学図書館では、サービスの対象者は主に学生や教員です。学生とか、教員というのは、大学での彼らの呼称です。しかし、図書館サービスの場面では、このように呼ぶのは必ずしも適切ではありません。どのように呼んだら適切でしょうか。Bob McKeeは、『図書館サービスの計画』(Planning Library Services. LA, 1989)の中で、このことについて次のような意見を述べています。
資料を中心としたサービスを行ってきた図書館では、閲覧者(Readers)とか、帯出者(Borrowers)と呼び名を使ってきた。また、現在では図書館サービス全体をカバーするという意味で利用者(Users)を使っている。しかし、これらはいかにもパッシブなものではないだろうか。図書館はかれらの欲するもの(コレクション)を揃えはするが、それを利用するための支援はしないといった、いわば「したいようにさせておけ」という態度が、これらの名称には感じられる。また、そうしたサプライ・サイドの見方に対するサービスを要求する側(デマンド・サイド)の呼び名として、クライアント(Clients)、パトロン(Patrons)といった呼び名も使われている。クライアントというのは、一般には法律家など専門職に仕事を依頼する人を指す。専門性というニュアンスは捨てがたいのであろうが、図書館の状況は必ずしもそれにぴったりとはまるわけではないし、パトロンとは米国でのいい方でなじみがなく(これに対して英国ではパンター(Punters)といういい方をするが、学術図書館にはそぐわない)、「パトロナイズ」とはいささか当てこすりのように思われ適当ではないだろう。そこで求めに応じてサービスを提供するということからみて、顧客(Customer)というべきだだろう。
このBob McKeeの意見を、みなさんはどのように思いますか?

3.カスタマー・ケア

サービスの評価は、実は顧客の満足度に大きく関わっています。後ほど述べますが、満足は顧客の期待を充足することによって成立しますから、顧客が何を欲しているかを正確に把握し、それに応えることが重要です。そのために、顧客をもてなす姿勢が、つまり、カスタマー・ケアが求められます。カスタマー・ケアーというと、顧客の苦情処理が思い起こされますが、それだけではありません。顧客が図書館を訪問(アクセス)し、要求を告げ、図書館サービスを受けとり、その後、受け取ったサービスを評価するまでの範囲で、顧客を想起した適切な対応です。図書館員が顧客に示すさまざまな配慮はもちろんのこと、図書館のレイアウト、ガイドなど利用環境も含みます。よいカスタマー・ケアが実践できれば、図書館は顧客からのよい評判を得て、それが図書館財政を豊かにするという結果につながったり、またそうした好結果を得ることによって、図書館員のモティベーションを向上させ、ミス最少化やサービスの迅速化を実現することにもなります。

4.マーケティング・プロセス

サービス戦略をマーケティング・マネジメントという観点から考えてみましょう。マーケティングとは、顧客が何を求めているか、要求に合致するサービスは何か、サービスを提供するにはどうすればよいかなどの工夫です。ここに示すのは、一般にいわれているマーケティング・プロセス、つまり手順です。この手順は、図書館サービスを考える上でも大いに有用となります。顧客の動機調査・行動研究、市場細分化研究などの市場機会分析、つまりサービスが展開できる場を検討し、考案された図書館サービスの具体案を比較検討(ポジショニング研究)して、いわゆる4P(product, price, promotion, place)といわれる製品(サービス)政策、価格対策、プロモーション政策、流通チャネル政策を設定します。この枠組みは、図書館サービスを考えるのにも都合のよいものです。

5.サービスの性質と特徴

図書館におけるサービスには、サービス部分だけで成り立っているものと、もとのくっついているサービスとがあります。資料サービスは後者です。サービスはものがなくても成り立つのですが、資料サービスの思いがあるために、図書館員はしばしば図書館サービスがものを提供するサービスだと誤解します。
サービスはもの(財)とはかなり違った性質を持っています。そのことをきちんと把握しておく必要があります。第1に、サービスとは形として表示できないものです。そのために、顧客は、サービスを受ける際には、提供する人に「おまかせする」ことになります。逆に提供する側は、顧客の信頼を得て顧客を獲得する必要がありますから、サービス後のイメージを作って見せたり(整形手術後の映像など)、免許状やサービス関連の表彰状を掲げておいたりします。図書館サービスにおいても、同じように顧客の信頼を得ることは重要です。第2には、サービスをつくりだす場合には、そのための人や機械がその場にいなければなりません。つまり、サービスの生産と消費は同時に行われますから、サービスは提供する人などと不可分なのです。第3には、サービスはそれがいつ提供されるかによっても違ってきます。同じ人であっても、研修などを受けた前後でサービスの質に違いがでましょう。そこで、提供側はサービスの質を高め、一貫性を保つような方策を講じています。第4には、サービスは在庫を持つことができません。例えば、図書館の開館サービスはどうでしょう、サービスの価値はその時間のみに存在するものです。

6.サービス・マーケティングの追加要素

マーケティング・ミックスは、一般に4Pということになっております。しかし、サービスについてのマーケティングを考える場合、これにさらに三つの要素を加えることができます。
第1は、人 (people)という要素、つまりサービス提供者の態度・社会的スキルなどです。サービスは、提供する人と不可分でありますから、その態度やコミュニケーション・スキルに、顧客の評価が大きく依存します。第2には、サービス空間のデザイン等の外観(physical evidence)です。サービスを提供する場は顧客がサービスを消費する場でもあり、その物理的な雰囲気に影響を受けるというわけです。さらに、サービスの質を安定化させるのは容易ではなく、そのために、必要に応じて顧客へのフィードバック等の処置(process)を行ねばなりません。そのような処置が第3の要素となります。そこで、サービスにおけるマーケティング・ミックスは、4Pにこれらを加えた7Pです。(Pinder, Chris. Customers and Academic Library Services: an Overview. Providing Customer-Oriented Services in Academic Libraries, Ed. By Chris Pinder and Maxine Melling. London,1996, p.12f.参照)

7.質の確保

図書館のサービスの質を確保する際には、どのような点に留意すべきでしょうか。いくつかを例示してみます。
提供するサービス製品に関しては、顧客の要求を正しく理解し、それに合致したサービスを提供することが基本です。また、そのサービスは信頼性の高いものでなくてはなりません。また、プロモーションについては、プロモーションしたサービスが提供できず顧客対応をしくじらないように、常にそのアベイラビリティを確認しておかなければならないでしょう。流通政策については、アクセス(場所と時間)がきちんと確保されていることや、またその場所の安全性が高く、わかりやすいことも重要です。
前ページの追加分では、サービスを提供する人は、親切で友好的であることが求められます。図書館の外観、つまり体裁・雰囲気に関しては、清潔さが保たれて安逸さが得られる施設である必要がありましょう。クレームに対する処置にあたっては、信頼のもとにコミュニケーションが行われることです。このような点に留意し、サービスの質の確保に努めていただきたいと思います(Library Association, Colleges of Further and Higher Education Group. Guidelines for College Libraries; Recommendations for Performance and Resourcing. 5th ed. LA, 1995.参照)

8.質を計る(SERVQUAL)

サービスの質についての、Parasuraman、Berry 、Zeithamlの研究は、先導的なものとしてよく引用されます。それはサービスの質に関するギャップの概念モデルと評価尺度(SERVQUAL)に関するものです。
かれらは、まずサービスの質は、受容する質、つまり人の、サービスの秀逸性についての判断であり、それは、客観的な尺度とは言い難い満足度に関わるものだと考えます。また、満足度は顧客の期待とサービスの良さの判断との比較によるのです。実際、顧客の期待したサービスと提供されたサービスとのギャップが存在します。1.顧客の期待と提供側の理解とのずれ、2.提供側による顧客の期待についての理解と実際に提供されるサービスとのずれ、3.設定されたサービス基準と実際のサービスとのずれ、4.実際のサービスと顧客へ伝えたものとのずれ、という四つのずれがあげられます。そして最終的には、顧客の期待と受け取ったサービスのずれに基づき、満足度が計られ,サービスの質が定義されるのです。
また、サービスの質の評価というものは個人的なものであるのですが、人々のサービス評価においては、いくつかの共通の基準が存在するといいます。つまり、評価尺度として、顧客への応答性(Responsiveness)、要求を実現する能力(Competence)、親密感(Access)、顧客要求への配慮(Courtesy)、サービス・フィードバック(Communication)、信憑性(Credibility)、安全性(Security)、理解力(Understanding)、把握しやすさ(Tangibles)、信頼性(Reliability)があげられています(Maxine Melling. Defining the Customer's Requirements for Quality. Providing Customer-Oriented Service in Academic Libraries. Ziethaml, V. A., Parasuraman, A, and Berry, L. L., Delivering Quality Service: Balancing Customer Perceptions and Expectations. The Free Press, 1990.)

9.SERVQUALのまとめ

さまざまなケースに照らしてみると、どのような場合にもあげらる共通の評価尺度として、次の五つの尺度があげられました。
サービスの1.把握しやすさ(有形・明白なもの)です。例えば施設、設備、人員、通信手段などは把握できるわけです。次に、2.信頼性、つまりサービスを正確に実行する能力です。また3.顧客への応答性、顧客サービスへの積極的な対応があります。さらに、サービスの4.確実性、つまりどのような知識を持っているか、そして親切に対応してくれることです。最後は、5.感情移入といわれているように、個別の顧客に応じた対応です。
これらの評価尺度のうち、信頼性が最も重要であり、サービスが明白であることはその反対に最も低い評価だったと、かれらは報告してます。この点は、図書館サービスについても同様ではないかと思われます。図書館においてもSERVQUALに関するいくつかの試みがあります。(cf. Nitecki, Danuta A.: Changing the Concept and Measure of Service Quality in Academic Libraries. The Journal of Academic Librarianship. May, 1966, p. 181-190.参照)

10.ケース

ケースとして、二つのものを紹介します。第一は、オランダのティルブルグ大学のプロモーション・ビデオです。図書館で何が起きているか(この場合は未来を展望したディジタル図書館)をプロモーションし、図書館のねらいや必要性を大学や地域社会へ訴えている例です。
二つ目は、英国のサンダーランド大学における図書館の評価点検表です。この大学は、1997年に、パブリック・サービス(社会へのサービス)に卓越しているというチャーター・マーク賞を受賞しています(大学では二つ目)。そのような努力の一環として図書館はカスタマー・ケアーに重点を置いたマネジメントをしております。業務のパフォーマンス点検において、顧客への配慮と、顧客からの申し入れに対してどのような対処をしたかなど項目が盛り込まれています。

11.図書館サービスの設計

最後に、まとめにかえて、図書館サービス計画(経営戦略)を設計をするのに考慮すべき要因をあげておきます。
1)内的要因
図書館とは、一定の顧客コミュニティに対応する社会組織です。そのコミュニティが必要とする情報資料を収集し、組織化して利用に供するのであり、また所蔵できない場合は、ILLやその他ののアクセス方法によって、顧客の要求を充足してきたわけです。顧客コミュニティから離脱した図書館は成立しません。同時に、また、図書館を管理する機構(ガバニング・フレームワーク)を抜いて経営計画は設計できません。大学図書館ですと、大学という管理機構であり、公立図書館では地方公共団体です。これらの機関のあり方(政策、財源、経営スタイル、組織文化)が図書館経営を左右します。なお、大学図書館は、この管理機構と顧客コミュニティがほぼ同じものであるという特徴を持ちます。
2)外的要因
これには、社会的要因、技術的要因、経済的要因、政治的要因などがあげられます。今日社会の発展により高等教育はマス化し、そのことが図書館サービスのあり方にも影響を与えております。また、情報技術の革新は近年の図書館活動を大きく変えたことはいうまでもないでしょう。さらに経済的動向によっては、図書館の建設が進んだり、逆に沈滞したりしますし、政治的な展開としてたとえば著作権法が改正を考えてみますと、それにより図書館活動が規制されたりします。(Bob McKee, op cit.)
以上の要因を踏まえ、かつ今日のような変化の激しい状況において21世紀を展望したサービス戦略を設定して行くには、起業性の高い取り組みが必要となっています。起業性とは、自らの立場を確立するために、従来の形式にとらわれず、積極的に事態を打開しようとする選択であります。また、そのような努力が行われるなれば、近年公共的な組織に求められる説明責任(アカウンタビリティ)を果たすことになりましょう。